民事執行①「その債権差押えできるの?」

民事執行①「その債権差押えできるの?」

○このコラムでは、以下のことを説明しています。

・基本的に、債権者は、民事執行の方法により金銭債権を差し押さえることができます。

・しかし、差押禁止債権に対しては差押えできません。

・差押禁止債権には、給与債権、国や地方公共団体以外の者から生計を維持するために継続的給付を受けることによって得ている債権、退職手当の債権、国民年金や生活保護といった社会保障給付があります。

・差押禁止債権のうち、本当に差押えがされないのは、債権額の内の一部だけです。

・給与債権などの差押禁止債権は、口座に振り込まれると差押えできるようになってしまいます。

・差押禁止債権が振り込まれると差押えできるようになるというのは、民事執行の場合であり、税金の滞納処分の場面では差押えできないという判断になることもあります。

 

○民事執行法

現在の日本の法の下では、自力救済は禁止されています。自分(Xさん)に債務がある場合であっても、その債権者(Yさん)が、直接家財をもっていくことはできません(自力救済の禁止)。民事上の権利を強制的に実現するためには、民事執行の手続きによる必要があります。

 

民事執行をするための法律として、民事執行法があります。民事執行法上、執行は財産権を侵害する強力なものですから、執行するには、債権があるだけでは足りず、債務名義を得た上、執行文の付された債務名義の正本に基づいてなされなければなりません。

 

債務名義を得たとして、執行の方法に、強制執行、担保権の実行、形式競売、財産開示といった方法があります。強制執行は、大きく、金銭執行と非金銭執行に二分されます。金銭執行のなかに、債権執行があり、これによって、金銭債権の差押えがなされます。金銭債権とは、預金や売掛金など、特定の誰かにお金を支払ってもらう権利のことです。お金そのものは含みません。

 

たとえば、Xさんが、Zさんに対し、100万円を支払ってもらう債権を有していたとしましょう。YさんがXさんに500万円債権執行できる場合に、この債権を差し押さえたとき、Yさんは差し押さえた債権を取り立てることができるようになるので、Xさんは、Zさんに100万円を支払えということができなくなります。

 

○差押禁止債権

ここまでで、民事執行手続の中で、金銭債権の差押えができるということを説明しました。しかし、これを貫けば、強制執行の手続きによって、債務者の金銭債務はすべて差し押さえられ、生計を立てることすらできなくなるおそれがあります。

 

そこで、民事執行法やその他の法律では、差し押さえできない債権を定めています。このような債権を差押禁止債権といいます。債務者は、たとえ債権者から債権執行される場合であっても、このような債務については差押えされず、依然お金を支払えということができます。

 

差押禁止債権には、給与債権、国や地方公共団体以外の者から生計を維持するために継続的給付を受けることによって得ている債権、退職手当の債権、国民年金や生活保護といった社会保障給付などがあります。

 

差押えが禁止されるのは、債権の全額とは限らないことに注意が必要です。たとえば、給与債権の場合は、各種手当を広く含んだ金額から、源泉徴収される給与所得税・住民税・社会保険料を差し引いた手取り額の4分の3(手取額が44万円を超える場合は、33万円まで)であるというのが原則的な扱いです。そして、請求債権が養育費や婚姻費用、この差押できない範囲が2分の1に縮減されますので、額の半分以上が差押えされることとなります。

 

○預貯金債権への差押え

このように、預貯金債権は、差押禁止債権ではありません。それでは、給与が銀行の口座に振り込まれてきた場合には、その給与額の分は差し押さえできるのでしょうか。

 

給与債権が差押禁止債権であるのは、給与が生計を立てるための重要な手段だからであることからすれば、給与が口座に振り込まれたからといって、差し押さえることはできないように思えます。

 

しかし、裁判所は差押債権の範囲の変更命令をすることができること、給与債権とその他の債権が混ざってしまい、給与の性質が失われることから、差押禁止を認めず、差押えを認める判断が多数説・裁判例の立場です。そして、これは、共済年金・厚生年金等についても同様です。

 

つまり、給与や年金のような差押禁止債権があったとしても、一度銀行口座に振り込まれてしまえば、差し押さえられる可能性があります。そして、口座残高以上の額の執行名義があった場合、口座残高すべてが差し押さえられるおそれもあることになります。

 

○税金の滞納を原因とする、国からの預貯金債権の差押え

このように、差押禁止債権であっても、口座に振り込まれた後には差押可能となります。しかし、税金の滞納によって、国から差押えを受ける場合には、異なる判断となる可能性があります。

 

税金の滞納を理由とする差押えは、国税徴収法によるもので、民事執行の手続きによるものではありません。国は自力救済が可能であり、差押禁止財産も、民事執行法ではなく、国税徴収法によって規定されます。ですので、これまでの前提は必ずしも妥当するものではないのです。

 

東京高裁令和4年10月26日判決(金判1665号12頁)では、差押禁止財産である年金が口座に振り込まれた事案において、結論としては、差押禁止債権に対してなされた差押えとはいえないとしました。しかし、判決は、「具体的事情の下で、当該預貯金債権に対する差押処分が、実質的に差押えを禁止された年金に係る債権を差し押さえたものと同視することができる場合には、上記差押禁止の趣旨に反する」と述べており、国税徴収の場面では、民事執行と異なる判断がされることを示しています。

 

○まとめ

・基本的に、債権者は、民事執行の方法により金銭債権を差し押さえることができます。

・しかし、差押禁止債権に対しては差押えできません。

・差押禁止債権には、給与債権、国や地方公共団体以外の者から生計を維持するために継続的給付を受けることによって得ている債権、退職手当の債権、国民年金や生活保護といった社会保障給付があります。

・差押禁止債権のうち、本当に差押えがされないのは、債権額の内の一部だけです。

・給与債権などの差押禁止債権は、口座に振り込まれると差押えできるようになってしまいます。

・差押禁止債権が振り込まれると差押えできるようになるというのは、民事執行の場合であり、税金の滞納処分の場面では差押えできないという判断になることもあります。

 

以上