労働①「裁量労働制1」
労働①「裁量労働制1」
○裁量労働制とは
裁量労働制とは、業務の性質上その遂行方法を大幅に労働者の裁量に委ねる必要があるものについて、実労働時間ではなく、労使協定や労使委員会の決議で定められた時間によって労働時間を算定する制度です。
つまり、高度に専門的な職業の場合に限って、仕事の内容や繁閑に応じて、労働者が自らの勤務時間を定めることを認めることができるというものになります。この制度の下では、労働者は、1時間しか働かなくても、12時間働いても、労使間で決められた時間を働いたものとみなされ、同じ賃金が与えられます。
このように説明をすると、柔軟な働き方が要求される現代にマッチした制度と思えます。確かに適法に裁量労働制を導入すれば、良い制度なのですが、必ずしもそのようには運用されてはいません。
労働者がこんなに働かされるのはおかしいと思っても、会社は、「うちでは裁量労働制を採用しており、労基署にも届け出ている」と主張してくることがありますが、労基署は中身までは踏み込んで審査しません。会社は問題ないと認識していても実際には裁量労働制を適法に導入できておらず、違法な状況であることがあります。残業代を支払わない口実として裁量労働制が導入されていることも多いです。
ちなみに、似た印象の名前ですが、フレックスタイム制とは全く異なる制度ですので、ご注意ください。
○具体例
それでは、具体例を見ながら、裁量労働制を上手く導入できていないや違法な例をみていきましょう。
| Case1日々業務内容について指示を受けている。
Case2出勤時間が定められている。許可なく早退することができない。 Case3勤務時間は自由と言われているが、一日中仕事しなければ終わらない量の仕事を任されている。 |
裁量労働制は、高度に専門的な職業に就く労働者が、自分の裁量で労働する制度です。そこで、業務遂行の手段や時間配分について、指示を受けなくとも、自由に決定できることが必要です。また、細かな業務内容に関する指示がなくとも、膨大な量の業務を与えられるなど、毎日朝から晩まで仕事をしなければならないことが強要されている場合も、実質的に裁量がないため、自由に決定できるとはいえません。
Case1は、もろに遂行の手段について指示を受けており、労働者に全く裁量がありません。Case2は勤務時間を自分で決めることができず、業務時間配分について指示を受ける必要がありますから、裁量がありません。よって、これらのCaseでは、会社はこのような労働者に対しては裁量労働制を導入することができず、違法です。
また、Case3は、一見何の指示もありませんが、一日中仕事しなければ終わらない量の仕事をすることは、朝に出勤して夜遅くに帰ることを強要されているのと同じです。つまり、実質的には、労働者に、業務遂行の手段や時間配分を決定するだけの裁量は全くありません。よって、Case3も、会社は、労働者に対しては裁量労働制を導入することができず、違法です。
| Case4裁量労働制に同意したことがない。
Case5一度同意したことはあるが、強制されて仕方なく同意しただけである。 |
会社が裁量労働制を導入するためには、労働者の同意が必要です。そして、このような同意は、単に同意があるだけでは足りず、労働者の自由な意思によってなされる必要があります。
山梨県民信用組合事件(最判平成28年2月19日民集70巻2号123頁)において、最高裁は以下のように述べています。
「労働契約の内容である労働条件は、労働者と使用者との個別の合意によって変更することができるものであり、このことは、就業規則に定められている労働条件を労働者の不利益に変更する場合であっても、その合意に際して就業規則の変更が必要とされることを除き、異なるものではないと解される(労働契約法8条、9条本文参照)。もっとも、使用者が提示した労働条件の変更が賃金や退職金に関するものである場合には、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為があるとしても、労働者が使用者に使用されてその指揮命令に服すべき立場に置かれており、自らの意思決定の基礎となる情報を収集する能力にも限界があることに照らせば、当該行為をもって直ちに労働者の同意があったものとみるのは相当でなく、当該変更に対する労働者の同意の有無についての判断は慎重にされるべきである。そうすると、就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべきものと解するのが相当である」
このように、最高裁は、労働者の同意について、賃金等の重要な労働条件の変更の同意は、同意があるだけでは足りず、この同意が労働者が自由な意思に基づいてされたものと認められるに足りる合理的な理由が客観的に存在するかという観点からも判断しています。
また、仮に労働者が自由な意思に基づいて同意したとされる場合であっても、事情によっては、錯誤・強迫によって、やはり同意は無効と考える余地もあります。
Case4では、裁量労働制について同意がないので、裁量労働制は導入できず、違法です。Case5では、最高裁の枠組みによれば、強制されたことが、録音などにより客観的に見て自由な意思にも基づかないものであれば違法と考えられます。
| Case6裁量労働制だから、深夜までの勤務や日曜日の勤務でも賃金の割増しがない。 |
Case1から5のような問題がなく、裁量労働制が適法に採用されていたとしても、深夜労働や日曜日のような休日労働に関しては規制が掛かります。深夜に働いた場合には、その時間の分、割増し賃金として、通常の時給分に25%を掛けた額が支払われることとなります。また、日曜日に働いた場合には、通常の時給分に35%を掛けた額が支払われることとなります。
Case6では、労働者は、深夜までの勤務や日曜日の勤務をしています。このことは、裁量労働制を採用していることとの関係では問題はありません。もっとも、Case6では、割増賃金が全く支払われていませんので、この点については違法です。法定労働時間分を超えた労働時間の賃金を請求することはできませんが、割増分の額を支払うように請求することができます。
割増賃金の詳しい説明については、別のコラムで詳しく取り上げることにし、ここでは、裁量労働制が適法になされていたとしても、賃金支払がうまくなされておらず違法となるケースがあるということだけしてきしておくことにします。
○おわりに
裁量労働制は問題点が多く、会社側も裁量労働制を適法に導入していると思い込んでおり、問題が分かった時には未払い額が数百万に上る場合があります。また、Case6のように、適法に導入できていても、賃金の割り増しがされておらず違法というケースもあります。裁量労働制という言葉でごまかされず、こんなに働かされているのはおかしいという違和感があれば、一度弁護士に相談してみてください。